Googleのロゴが、ロベルト・コッホになっていました。
ロベルト・コッホって誰?とすぐ思ってしまいました。
しらべてみたら、知らなかったのが恥ずかしいぐらい有名な方でしたので、自分のブログで共有したいなと思い今回はロベルト・コッホについて書こうと思います。
ロベルト・コッホはどんな方で、どんな偉業を成し遂げた方なのでしょうか?
簡単な経歴を交えながらご紹介させて頂きます。
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ロベルト・コッホとは誰?生涯は?
ロベルト・コッホとは、ドイツの医師で細菌学者です。
1843年12月11日に生まれ、ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンを卒業
ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンは、ドイツのニーダーザクセン州ゲッティンゲンにある大学。
ゲオルク・アウグストによって1737年に設立された。
大学名はこの創設者の名を取った。
通称ゲッティンゲン大学とも言う。
1876年に細菌が動物の病原体である事を証明
1882年に結核菌を発見、現在発見した3月24日を世界結核デーと制定させている。
結核菌は、保菌者の咳やくしゃみで広がり、空気感染し肺胞の細胞内に感染して結核になる
1883年にインドでコレラ菌を発見
コレラ菌は、感染症で全世界に3~5百万人いる、不衛生な場所や清潔な水がない所で感染が広がるケースがおおい
1893年に、30歳年下の女性と結婚
1905年に結核に関する研究が認められ、ノーベル生理学・医学賞を受賞
1910年にドイツのバーデン=バーデンで逝去。
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コッホの原則とは?
感染症の病原体を証明するための基本指針となるコッホの原則を提唱した
原則の内容は、
①ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
②その微生物を分離できること
③分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
④そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること
この4つからなるものを「コッホの4原則」とも呼ばれている。
現在では、人に病気をおこさせる病原体でも、実験の動物には病気を起こさないこともあることが判明している
必ずしも、病原体が体の中から発見されるとはかぎらなくもなっている
そして最後に、病原体がいても病気を発病しないこともある
コッホの原則は、現在では全てにあてはまらない事が多い原則になってしまっているが、コッホの原則が病原体に対して重要な意味を持つことは変わらないと思う
コッホの弟子
ゲオルク・ガフキー – 腸チフス菌を発見した。
フリードリヒ・レフラー – ジフテリア菌の分離に成功し、口蹄疫ウイルスを発見した。
エミール・ベーリング – 血清療法の研究により1901年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
パウル・エールリヒ – 化学療法の研究により1908年ノーベル生理学・医学賞を受賞した。
北里柴三郎 – 破傷風菌を純粋培養し、血清療法を発見・確立し、ペスト菌を発見した。
弟子の中に日本人がいたことにびっくりしました。
コッホが生きている時代に、日本からわざわざドイツまで弟子になりにいった方がいたなんて本当にすごい人ですね。
今では、海外に出ていく事はあまり珍しくありませんが、コッホが生きていた時代に行くことは周りの反対もあったのでしょうね。
まあ、間違いなく自分だったら行かないし、止めますね。
私は、日本から出たくないので!!
コッホの名言
コッホの名言は、「決して降参するな。」です。
何事もあきらめてらそこで終わりというのは、今も昔も変わらないと言うことでしょうね。
このあきらめたらそこで終わりと思うと全体に頭に浮かんでくるのはスラムダンクの安西監督です。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」って名言です。
もしかして、井上先生は、コッホの言葉を知っていたのかもしれませんね。
人間は結果がなかなか出てないことをあきらめないで続けることがとても苦手な動物と私は思っていますから、あきらめないで物事を成し遂げた人は大小問わずそれだけで偉大ですね。
まとめ
- コッホは、結核菌とコレラ菌を見つけている
- コッホの原則は、現在では全てが当てはまることは稀になっている
- 年の差婚をしている
- ノーベル生理学・医学賞を受賞
- 1908年に日本人唯一の弟子である北里に招かれて来日している